フィギュアスケート界の伝説、イリーナ・ロドニナさん

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↑ ロドニナ・ザイツェフ組 YAHOOの画像より

イリーナ・ロドニナさんはロシア生まれのフィギュアスケート・ペアの選手。オリンピック3連覇。欧州選手権と世界選手権10連覇の快挙を達成した。彼女の偉大さはこの連覇の間にペアの相手を替えたこと。そして、オリンピック3連覇目は、出産してからの快挙だということ。
1949年生まれのロドニナさんは、5歳でスケートを始め、1964年からアレクセイ・ウラソフとペアを組む。
1972年の札幌オリンピックで金メダルを獲得するが、この寸前に、ペアのウラソフが銀メダルのスミルノワと恋愛関係になり、ペアを解消することになった。オリンピック中、コンビの仲は険悪。練習中は口も利かず、手もつながなかったくらい冷えていたとか。このエピソードがエキシビションで紹介され、このペアが『二つのギター』の演技をした。私はロドニナさんの複雑な心情を思いつつ、彼女たちの、離れては近づき、又離れては近づく振付の演技を見て感動した。そして、この曲は今日に至るまで私のお気に入りの曲となっている。オリンピックの後、世界選手権前に練習でロドニナさんはウラソフのリフトで転落。脳震盪を起こした。その時、頭蓋骨内に血腫ができたそうだ。然し、世界選手権を棄権せず、競技中半分失神状態だったにも拘わらず完璧な演技で金メダルを獲得する。
この直後、ウラソフはスミルノワとペアを組み、練習を始めるが、相手が居なくなったロドニナさんは二人の練習を見せつけられつつ、引退も考えたという。(ウラソフ、何て、嫌な奴なんだ!でも数年前にロドニナさんのドキュメンタリー番組に出演してインタビューに答えていた。きっと、ペア解消時の確執は解消できたのだろう。因みにウラソフ、札幌当時の風貌を渋くさせた感じだった。)
そしてロドニナさんは再び銀盤で滑ることを決意した。コーチのタラソワ氏と共に、国内中でオーディションし、やっと4月に男子シングルの無名選手、アレクサンドル・ザイツェフに決定。初めてペアを組むザイツェフの筋トレの成果と3歳年上で格上のロドニナさんのリードもあり、欧州選手権、世界選手権共、ウラソフ・スミルノワ・ペアを大差で撃沈させ金メダルを獲得する。(ウラソフ、スミルノワ、どやさ!!!)この凄さ、お分かりだろうか。金メダルの男子と銀メダルの女子が組んだ恋人ペアに金メダルの女子と無名のペア初競技の男子選手(全くの初対面同士)が戦って勝ったのだ。而も金メダル。この快挙をペアを組んで1年も経たない期間で成し遂げたのだ。正しく奇跡!!! ロドニナさんの銀盤への執念と女の意地の勝利!!! ばんざい!!! ばんざ~~~~~い!!!
この後、ロドニナ・ザイツェフ組は次々と記録を伸ばして行く。
そして、1978年、ロドニナさんとザイツェフは結婚。
翌1979年、ロドニナさんは男子出産のため競技を休んだ。
この間、ウラソフと組んでからの1969~1972, ザイツェフと組んだ1973~1978の10年間、欧州選手権と世界選手権10連覇を成し遂げた。
出産休養明けの1980年、ロドニナ・ザイツェフ組はレークプラシッドオリンピックで金メダルを獲得。実にロドニナさんにとっては3度目のオリンピック金メダリストになった。なお、ロドニナさんの快挙の陰には、落ち込んだ時は叱咤激励し、ペアの相手のオーディションを率先して行い、常に寄り添っていたコーチ、タチアナ・タラソワ氏の存在があったことを忘れてはいけない。

オリンピック後、引退したロドニナさんはコーチとなりペアの金メダリストを育てたが現在は下院議員となっている。残念乍らザイツェフとは離婚したらしい。(数年前のビデオでのザイツェフの変わり様。グリズリーのようなでっかい体型になっちゃった。(^-^;)
ロドニナさんはソチオリンピックでは、最後の聖火ランナーだった。

昨シーズンの終わりからペア競技のカップルが解散し、新コンビ結成との話が沢山あった。中には相手から解散発表の寸前になるまで知らされず、報道で知ったなどという気の毒な選手も居た。そんな選手達にこそ、ロドニナさんを目標にして欲しい。彼女が受けた大きなダメージとそれを覆した闘志を。
『志あらば必ず道は開ける』『口惜しさを演技の糧に』銀盤で見返して欲しい。







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